島が見えたよ

セルフライナーノーツ

1. スイミースイミー

初めてラップに挑戦し、MVでは初めてダンスにもトライした曲で、私にとって、2回目のデビュー曲ともいえる作品です。
作曲は2016年。前回のアルバム『ひつじ雲』をリリースしてから3年、育児と会社勤めと「ハニカムジカ」で、まったく自分の音楽制作ができなかったので、この年の夏、会社を3週間ほど休み、制作時間を作りました。そのときにできた曲のうちの1つです。
当時、ハイエイタス・カイヨーテが大好きで、特に「Breathing Underwater」aという曲に影響を受け、リズムを打ち込むところから始めたら、このようなトラックに。その上で、プリンスの「Kiss」のような歌い方で声を乗せたら、このようなメロディになりました。当時、プリンスが亡くなったばかりで、プリンス・ロスだった私の思いも重なってます。曲中「フリー」と歌ってるところは、詞ができるまで「キーッス」と歌っていました。
ラップにはデビュー当時から憧れがあったものの、どういう心持ちでやればよいのかわからず、ずっとできずにいたのですが、この年、DJみそしる&MCごはんの音楽に出逢い、急に目の前が開けました。ようやくお手本にしたいラッパーに出会えた!と(笑)。同年11月のハニカムジカで、秋の味覚をラップする、というのをやってみたのが、人前での最初のラップ体験です。子供達の反応がよく、気をよくした私は、この曲にもラップを入れてみることに。幼児期の子育ての風景をリリックにできたことで、大きな記念の曲となりました。
MVは落合陽三監督によるアニメーションも、篠崎芽美さんのダンスの振り付けもすばらしく、この曲を盛り立ててくれています。シングルとして7インチのアナログ盤を作ることもでき、ご褒美をもらえたような気持ちです。

2. 旅するバルーン

作曲は2017年。エレピで作っていますが、作品ではギター(プログラミングです)をメインにした、ブラジリアンなテイストに。リズム録りも2018年には終えていたのですが、アルバム中、最後に完成した曲です。新型コロナウィルスの感染が拡大する中で、詞を全面的に書き換え、三枝伸太郎さんにピアノをリモートで録音してもらいました。
歌詞を書き直したのは、今年3月の初め。横浜港にダイヤモンド・プリンセスが停泊していた頃。横浜在住の私は、5〜6年前に、ダイヤモンド・プリンセスが横浜・大さん橋に着岸したときのセレモニーに子供を連れて行ったことがあり、そのときの光景を思い出しました。マンションのような巨大な客船を大勢の人が出迎え、ブラスバンドが演奏し、お店もいろいろ出ていて、それは賑やかなお祭りでした。桟橋の入り口ではカラフルな風船を配っていて、息子も手にしていたのですが、強い海風に吹かれて、時折とばされてしまった誰かの風船が、船の前を上っていく…。その解放的な風景とあまりに対照的な「いま」の状況を思い、それまで感じていた都会の閉塞感とも重なり、この詞ができました。
三枝さんとのセッションは、今年4月〜5月にかけて。彼のスタジオで録音してもらっては、リクエストを伝え、といったメールのやりとりを何往復もし、ご迷惑をおかけしてしまいました。最終的には、リズム・セクションと一緒に録ったようなすばらしい演奏で、曲に彩を与えてくれました。彼にはまだ一度もお会いしていないので、次回はお会いして弾いていただきたい!

3. Compass Point 90

「旅するバルーン」の作曲時に、別テイクとして残していたエレピのリフを活用して制作したインタールード。
今回のアルバム・ジャケットは、トラベル・マップのような絵を描いてほしい、とクラーク志織さんにお願いしていました。ジャケットに描かれている島は、彼女の住むサウス・ロンドンがモチーフとなっているそうです。
この曲のアレンジをしていた高橋健太郎は、その"島"を見て、その頃愛聴していたサウス・ロンドンのアーティスト、トム・ミッシュの新作アルバムをヒントに、リズムをプログラミングしています。私は、志織さんが島の絵と一緒に描いてくれたコンパスの絵にヒントをもらい、インストの予定だったこの曲に短い詩をつけ、曲のタイトルを「Travel Map」から「Compass Point」に変更しました。
というわけで、彼女の絵からインスパアされ、完成した曲です。「90」というのは、曲のテンポ(BPM)です。

4. 朝がくるよ

『島が見えたよ』というアルバムタイトルは、この曲の歌詞からとりました。 私の中ではアルバムの象徴ともいえる曲です。
2017年作曲。子供のピアノのレッスンにつきあう中で、モーツァルトが5歳のときに作曲した「メヌエット へ長調 K2」という曲に出会い、感動のあまり、コード進行そのままに作りました。

「メヌエット へ長調 K2」
https://www.youtube.com/watch?v=eM_fNxC6gSs

こちらが原曲です。ふわっと身をかわす転調がかわいい。当時の息子と同い年のモーツァルトは、こんな小さな曲の中にこんな豊かな物語を描いてたんだ!と心動かされました。

詞は、子供に読み聞かせていた絵本や、童話の要素を散りばめました。「まよなかのだいどころ」モーリス・センダック、「エルマーのぼうけん」ルース・S・ガネット、「親指姫」アンデルセン、「不思議の国のアリス」ルイス・キャロル、が入ってます。
録音は、リズム・セクションは、楠さんと千ヶ崎君の二人。千ヶ崎君は、100年以上前のアコースティック・ベースで演奏しています(「旅するバルーン」も同じベースを弾いてます)。クラリネットは、リリース記念ライブにゲスト出演してくれた、アンドウケンジロウさん。彼の演奏が曲の世界観を大きく広げてくれました。リズムもクラリネットも歌も2018年に録音してますが、最後、今年5月にエマーソン北村さんにリモートでオルガンをダビングしていただき、演奏がぐっとバンドぽくまとまりました。

5. オートフライト・コントロール

2016年作曲。当時よく聞いていたKnower(Louis ColeとGenevieve Artadiのユニット)の「Hanging On」という曲の影響で、シンセベースとエレキベースが交錯する曲を作りたいと思ったのがきっかけ。私の打ち込んだベースを千ヶ崎君にすべて弾いてもらい、編集でパートごとに打ち込みと生を切り替えています。
前半はエレクトロなサウンドですが、後半は一気にバンド・サウンドにすり変わります。エンディングで、サビのメロディが前半とは全く違うコードの上でリフレインしますが、それはプロデューサーの高橋の案。この部分に高橋がグランジなギターを入れていましたが、これはスーパー・ギタリストに弾いてもらわなくちゃ!ということで、西田修大さんにお願いしました。彼の豊富なアイディアで、曲を通して面白いギターの要素がちりばめられ、スケールの大きな作品に仕上がりました。こんなギターの洪水の中から自分の歌が聞こえるなんて、後にも先にもないと思われ、特にエンディングのギターは何度聞いてもうれしくなります。
詞は、曲調からスペーシーな雰囲気にしたく、「インターステラー」「ゼロ・グラビティ」など当時見た映画の影響からこのようになりました。
2019年8月に配信のみでシングルとしてリリースしていますが、そのときのジャケットのイラストは、原田慎也さんが描いています。原田さんの原画はため息がでるほど美しく、恐る恐るスキャンして、このジャケット写真を作りました。

6. Compass Point 180

「Compass Point 90」のエレピのリフを倍速してます。和音の一音一音をバラして、それぞれ違う音色をあてたりと細やかなプログラミングを(高橋が)しているのですが、伝わるかな?

7. 四つ葉のクローバー

作曲は2012年。生後1ヶ月にも満たない新生児の息子を抱っこしながら、鼻歌で作ったのが最初。四つ葉のクローバー柄の肌着を着せていたので、この言葉が出てきました。ちょうど『ひつじ雲』のジャケットのイラストをクラーク志織さんに描いてもらってるときで、ロンドンに移住したばかりの彼女とやりとりしながら、慣れない赤ちゃんのお世話をしていたことを思い出します。この曲を初めて披露したのは、翌年3月の『ひつじ雲』のレコ発ライブでした。以後、ピアノの弾き語りで歌い続けていましたが、2017年、Babiさんにアレンジを託し、この作品ができました。
『ひつじ雲』と同じ2013年にリリースされた、Babiさんの『Botanical』というアルバムが大好きだった私は、彼女にハニカムジカのイベント(2014年)とコンピ(2015年)にも参加してもらい、いつか私の曲をアレンジしてもらいたいとずっと思っていました。彼女の真骨頂である、キュートな室内楽ポップに生まれ変わり、大感激です。吉田篤貴さんがヴァイオリンで、篠塚恵子さんがフルートで参加、その他の楽器とプログラミングはBabiさんが担当しています。2019年1月に7インチのアナログ盤「スイミースイミー」のB面曲としてもリリースしています。
その後、Babiさんもお子さんを授かり、いま、男の子の赤ちゃんを育てるママです。お願いしたのがこの曲でよかったなあと感慨深いです。

8. Wednesday ブルース

2016年作曲。曲作りのために3週間会社を休んだこの年、2013年からの3年間分の音楽をいろいろ聞いて衝撃を受けたのですが、中でも、Youtubeのチャンネル登録をして、ずっと追い続けてるバンドが、Vulfpeckです。70年代のソウル、ファンクへの愛情がストレートに伝わる曲、激ウマな演奏と歌、自主制作でユーモアある映像演出、メンバーが学生時代からの仲間で楽しそうな感じ、すごく羨ましく憧れます。当時「1612」という彼らのMVを見て、気持ちが上がって作ったのが、この曲です。
詞については、通勤電車の憂いを歌ってます。毎朝利用していた地下鉄の渋谷駅で、電車から吐き出されては吸い込まれていく人の渦に飲み込まれながら、この恐ろしい光景は歌に残しておかなくてはと思い、書きました。音源には、実際の地下鉄の音も入っています。ちなみに、人の少ない、休日の千代田線・代々木公園駅で録りました。
演奏は、リズムセクションは楠さん千ヶ崎んくんで2017年に録音。昨年、臼井ミトンさんにウーリッツァーとピアノを弾いていただき、グルーヴがぐっと深くなりました。最後のピアノは何度聞いてもゾクゾクします。

9. スウィンギン・デイズ

2015年作曲。「アナと雪の女王」に息子とハマっていた頃で、もともとはミュージカル風な曲をと思い、作った歌です。「雪だるまつく〜ろう〜」 をイメージしたつもりが、日常のぼやきソングになりました(笑)
ピアノで作っていますが、このまま普通に演奏しても面白くないと思い、プロデューサーの高橋の案で、アカペラでやってみることに。コーラス・アレンジは高橋が担当しています。曲の後半に出てくるウクレレは、かえる王国の大野紗々さん。おばあちゃんから譲りうけたという、メイド・イン・久留米のウクレレで、柔らかなストロークを聞かせてくれています。さらに鍵盤(Rhodes Piano Bass)でベースも弾いてもらい、ほんわかとした曲調に仕上がりました。洗濯機やキッチンの音など、家での日常の音もレコーディングし、リズムの一部として使っています。

10. ベーグルソング

自宅の近所においしいベーグル店があり、足繁く通ったので、ベーグルの歌を作ろうと2016年作曲。
ベーグルは、発祥のポーランドでは“終わることのない人生の輪“という意味で、安産祈願として贈られていた歴史があるそうです。2012年の私の出産のとき、赤ちゃんが生まれたばかりのベーグル屋さんから、本物の小麦でできた小さなベーグルのお守りをいただきました。おかげで安産だった私は、一ヶ月半後に出産する良原リエさんにお守りを譲り、リエさんは次に出産する友人に贈り、、とお守りはつながっていきました。この新しい命のつながりを歌にしたいと思い、生まれた曲です。
ベーグルの輪っかと、焼く前にお湯で茹でるの様子を思い浮かべて、アルペジオでの演奏に。リズム・セクションは、楠さんと千ヶ崎君です。
ちなみに、ベーグルのお守りは、5年後、ベーグル屋さんが2人目のお子さんを出産するときに、手元に戻ってきたそうです!

11. 春が来た

Joey Dosik「Running Away」のVulfpeckバージョンの映像を見たのがきっかけで、2018年作曲。(映像では、Vulfpeckのメンバーと、David T. Walker(g)、James Gadson(drs)というソウル/R&Bの大御所プレイヤーが演奏している!)70年代初めの黒人シンガー・ソングライターの音楽に大きな影響を受けた私は、初心に返ったような気持ちで作った曲です。詞は翌年2019年春、息子の保育園卒園の時期に書いたもの。子育ての第1フェーズが終わったときにできた曲なので、アルバムの最後の曲にしようと決めていました。
演奏は、リムズ・セクションが楠さん、千ヶ崎君、ギターが高橋、キーボードが朝日、というシンプルな編成です。三拍子になるところのベースのフレーズが好き。

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